H・G・ウェルズ『イカロスになりそこねた男』

イカロスになりそこねた男

イカロスになりそこねた男

 1996年5月購入。12年の放置。SFの先駆者ウェルズの短編作品を10編収めている。単にSF作品のみならず、幻想味豊かな「美しい服」のような作品や、「芸術崇拝」のようなホラー風味の作品、あるいは「ウォルコート」「ダチョウの売買」「ウェイドの正体」のような早川の「異色作家短篇」シリーズに収録されていてもおかしくない独特の味わいのある話もあったりと、懐の広い短編集となっている。
 SF作品においては、ライト兄弟登場以前に飛行機製作にチャレンジする男を描いた「空中飛行家」や「イカロスになりそこねた男」では、今後の科学技術発展の方向を示しつつも、それが失敗するという非情な現実を提示している。また、「世界終末戦争」のような作品に見られる悲観的な未来ビジョンは作者の代表作『タイムマシン』に通ずるであろうし、『モロー博士の島』で示したマイナス要素の強い人間観が見受けられる作品もある。SF作品でこういった観点が提示されるのはウェルズのみならず、黎明期のもう一人の巨人ジュール・ヴェルヌの『20世紀のパリ』やロボットの産みの親『R.U.R』のカレル・チャペックにも共通するものである。SFは誕生期においてこれらのヴィジョンが複数作家から提示されていた、ということは非常に興味深い。