坂木司『仔羊の巣』

仔羊の巣 (創元クライム・クラブ)

仔羊の巣 (創元クライム・クラブ)

 2003年5月購入。4年10ヶ月の放置。ひきこもりの鳥居真一を探偵役にしたシリーズの第二段。全編を通じて鳥居の友人・坂木司が語り手をつとめるのだが、その坂木の同僚・佐久間恭子の様子が最近おかしいことを気にやんだ友人・吉成の頼みで恭子の身辺を探ることになった。その結果見えてきた恭子の心の内「野生のチェシャ・キャット」、坂木の使う地下鉄の駅で不可解な行動を取る少年の真意とは「銀河鉄道を待ちながら」、心当たりがまったくないのに、なぜか女子高生からひどい仕打ちを受けることになった坂木が知ることとなった意外な事実「カキの中のサンタクロース」の3編。
 前作に引き続き、各短編ともいわゆる「日常の謎」系の話として成立しているのだが、作者はやはり前作同様、根っからの悪人が一切登場しない世界を描いている。確かに作中には悪意が存在し、坂木や鳥居を筆頭に、登場人物は悪意の標的にはなるのだが、その悪意はそもそもが誤解から生じたものであって、その誤解が解けると悪意の持ち主はあっさりと善人へと変化してしまう。実際に悪意に満ちた現実という世界で暮らしている者から眺めると、この世界観は甘っちょろいの一言に尽きる。
 敵対していた者同士の誤解が解けて和解するシーンは確かに感動的で、泣ける話なのかもしれない。しかし、土台となる世界が上記のごとく善人たちばかりの世界であり、所詮はそこで生じた敵対である以上、その感動も薄ら寒いものにしかなりえない。感動の涙は薄汚い世界からこそ生まれるのであって、無菌培養されたキレイキレイな世界から決して生じえないはずで、無邪気に泣ける、感動したと諸手を挙げて歓迎するような話とはいいがたい作風だ。