伊坂幸太郎『魔王』

魔王

魔王

 一言で語るなら、「支配」についての物語。そしてその支配には二つの視点が存在する。作中で登場人物にムッソリーニに比較される、ある種のカリスマ性をもった政治家が次第に民衆の支持を得て、ついに首相となる。ひとつはこの犬養という名の男による、民主主義的手法にのっとった支配。それに対し胡散臭さを感じる安藤は気がつくと他人の発言を操れる能力を身につけていた。また、安藤の弟は後にじゃんけんで必ず勝ったり、競馬の勝ち馬を的中させられるという、いわば運命を支配するがごとき能力を有することになる。もうひとつの支配とは、超能力的な手法を用いた支配だ。
 このような現実的、あるいは非現実的な支配を巡って物語りは進む。さらに作中には現代日本における政治に関わる部分も登場し、テーマ同様、扱い方によっては非常に穏やかならざることになるのだが、そこに深入りすることはなく、香ばしさからは回避されている。とはいえ、作中からは熱気も感じられ、作者自身この種のテーマに対してなんらかの考えを抱いており、しかもそれをもてあましたまま作品レベルに仕上げてみせたかのようだ。これ以降の作品で何らかの深化を迎えるのか否か、非常に興味深い。