北川歩実『もう一人の私』

もう一人の私 (集英社文庫)

もう一人の私 (集英社文庫)

 2004年9月購入。3年3ヶ月の放置。収録作9編すべてがタイトルどおり「もう一人の私」をテーマにした作品となっている。交通事故で植物人間状態となった従兄弟と入れ代わる「分身」、乳児取り違え事件が発端となる「渡された殺意」、自分の名を騙った結婚詐欺師にだまされた女と会う「婚約者」、ネットで知り合った人物とオフラインで会うことになる「月の輝く夜」、不治の病に犯された患者を冷凍保存する話「冷たい夜明け」、かつての天才数学者のなれの果て「閃光」、童貞男が彼女が今はアイドルとなった同級生だと偽る話「ささやかな嘘」、会社で薦められた自己開発セミナーに参加したことがきっかけで変わっていく人格と事件「鎖」、以前に替玉受験をした相手を利用してアリバイ作りをしようとする話「替玉」。
 北川歩実の作品は手の込んだ構成をしている。何らかの謎が解けたり、隠されていた事実が明らかになると事件におけるそれまでの構図がガラリと変わるのが特徴で、その様相の変化の仕方は実に鮮やかだ。一方で、そういったどんでん返しじみた反転反転の連続を多用するがゆえに作品の構図そのものが非常に複雑でわかりにくい面もある。しかし本書は短編を扱っているということもあり、さほど複雑ではなく、それでいて得意とするところの構図の反転はいずれの作品にも用いられており、結果として鮮やかさが非常に際立つわかりやすい作品集として仕上がっている。文庫版の解説で日下三蔵は作者のどんでん返しの手法の見事さ、「密度の濃さ」を山田風太郎連城三紀彦の某傑作になぞらえているが、そのような評価もさほど大げさではない。かなり秀逸な出来の短編集で、多くのミステリ好きに読んでもらいたい佳品だ。