桜庭一樹『私の男』

私の男

私の男

 2007年10月購入。1ヶ月の放置。「初期の代表作を」という編集の要望に答え、その時点での総決算的作品『赤朽葉家の伝説』を書き上げた桜庭一樹は以降、作家として新たなステージに立った。ライトノベルというジャンルの縛りからの脱出である。それ以前にも例えば『少女には向かない職業』などで非ライトノベル系作品をものしてきたのだが、ここに至って完全にジャンルの枠から解き放たれた。本書は新たなステージに立った作家・桜庭一樹による傑作である。と、同時に一般文芸進出以前のファンにとっては一抹の寂しさを感じさせる作品でもある。
 とはいえ、従来の桜庭らしさを十分に感じさせてくれる。少女から大人へと変貌していく主人公の描写はもちろん、なによりも構成そのものが、だ。作者が好んで用いる手法に、「冒頭で結末を大胆に予見させる」というものがある。『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』や『少女には向かない職業』における結末部分を新聞記事で示す方法や、『赤朽葉〜』の万葉による未来視を用いた一部分の未来映像などだ。本書の場合はまず、1章で結婚直前の大人の主人公を描き、以降、章を経るに従い過去の出来事を語るという構成になっており、本来の時系列では結末となる箇所を冒頭に提示している。これは作者の好んで用いる手法であるということと同時に、主人公と父親がただならぬ関係を持つに至った経緯、その核心に迫る上では非常に有効な手段でもある。
 また作中では随所に雨のシーンが印象的に用いられているが、これらはすべて最終章における主人公と父の初対面シーンに収束する。そこでははじめて会った父・淳悟から雨のにおいがすることが繰り返し述べられており、雨=父の象徴であることが判明するのだ。こういった技巧的上手さも見逃せない。