岡崎武士『精霊使い1』

精霊使い エレメンタラー(1) (KCデラックス)

精霊使い エレメンタラー(1) (KCデラックス)

 90年代に青春を送った漫画オタク世代にとって、岡崎武士と言う漫画家はある種特別な存在であった。非常に寡作な人で単行本化された作品は『EXPLORER WOMAN RAY』全2巻、『精霊使い』全4巻、『リリカルかれんちゃん』『カウンタック』『恋』の9冊のみだ。
 デビュー前は『きまぐれオレンジ☆ロード』のまつもと泉のもとでアシスタントをしており、『BASTARD!』の萩原一至はアシ時代の先輩である。画風も萩原に代表されるようなスクリーントーンを多用した濃密なもので、繊細なペンタッチと緻密なトーンワークによって描かれる岡崎の絵は気品を感じさせるほど美麗で、代表作『精霊使い』は1997年度の第1回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞することになる。
 しかし一方でその緻密な作業とまじめな性格が彼の体に極度の負担を強いることになる。『精霊使い』連載中に肺気胸を患い入院、作品は未完のまま終了、漫画化引退を宣言するに至る。
 その後はゲームのキャラクターデザイン、小説の挿絵、イラストの発表など絵に携わる仕事をし、『EXIST』『void』というイラスト集を2冊発表するものの漫画家としての岡崎武士という名前は一部の漫画オタク以外には完全に忘れ去れた存在となった。

 その岡崎武士が復活した! ヤングマガジン47号にて新作「レッツ☆ラグーン」を発表、さらに代表作たる本書が復刊、しかもソードマスターヤマトもびっくりの展開で終了した最終刊には書き下ろしで後日談が収録されるという。
 この『精霊使い』は精霊を操る精霊使いたちが覇権を争う「精剣戦争」を描いた物語だ。はるか昔に繰り広げられた戦いは、当事者たちが眠りに就くことで終結するものの、現代になって再び彼らが目を覚ます。万物をつかさどる最強の精霊であるエーテルを従える精霊使い・覚羅は愛する女性を水の精霊使い・支葵に連れ去られたことにより精剣戦争に参戦することになる。彼を倒すことで覇者になろうとする支葵は覚羅に刺客を放つ。覚羅はそれに対し、癒しの力でもって対抗せんとするのだが……というストーリー。いわゆる剣と魔法のファンタジーバトルものだが、単純なチャンバラだったり魔法戦がメインなのではなく、キャラクター同士の前戦争時の因縁といった背景や主人公覚羅の成長などが描かれており読者を惹きつける。圧倒的な画力に関しては言うまでもない。旧来のファンとしてはこの復刊バージョンを読みつつ、書き下ろし付きの完結編を待つばかりだ。

 なお、岡崎武士という漫画家の活躍した時代はいわゆるオタク系の絵柄がもてはやされ始めたころで、女性キャラのベクトルの大半はロリ系に向きつつあり、現在の萌え絵へと引き継がれていくことになる。しかし、彼の描く女性は明らかにその志向性とは反していたのが特徴的だ。この『精霊使い』に登場する人気女性キャラ・露羽は覚羅を支えるお姉さまだし、覚羅の愛する女性・麻美もどちらかというと覚羅に対する保護者のような感じ*1だ。さらには『リリカルかれんちゃん』という作品では小学生なのに外見は大人という女の子が主人公という、ロリとまったく正反対のベクトルがとられている。また、新作「レッツ☆ラグーン」ではメガネをなくしたメガネっ子というメガネ萌え読者を華麗にすかした設定を持ってきている。このベクトルのそらし方は作者のキャラクター造形法を考える上で非常に興味深い。

*1:これは覚羅自身が子どもっぽいショタ系キャラとして登場するがゆえの印象でもある