樋口有介『八月の舟』

八月の舟 (ハルキ文庫)

八月の舟 (ハルキ文庫)

 舞台は田舎町。高校生の葉山研一は友人の紹介でアキ子という少女と知り合い、次第に惹かれいていく過程を描いた青春小説。物語のメインとなるのが研一とアキ子、研一の親友・田中の3人の間にある三角関係とはいかないまでも微妙な空気の中で繰り広げられる恋愛めいた出来事で、その支流のエピソードとして自殺した友人の話や研一の母親のこと、田中の家族のことなどが語られる。樋口有介といえばこのような設定を用いたミステリ作品を多くものしているのだが、本書に限っては友人の死という要素を用いておきながら、ミステリ的展開を潔く排除し、純度の高い青春小説に仕立て上げている。通常ミステリ小説で見られる謎とその解明といったような訴求力はなく、その点では物足りないものの、純粋かつ丁寧に少年の青春時代を描いた叙情的作品として評価したい。あくまで樋口ミステリが好きなんだ、という読み手には注意が必要。