尾崎諒馬『思案せり我が暗号』

 推理小説家を目指す鹿野のもとに届けられた推理小説。その小説の登場人物は鹿野の周囲に実在しており、そしてその冒頭は彼の親友である尾崎の自殺の知らせのシーンであった。さらに、作中には「思案せり我が暗号」と名づけられた楽譜が載せられており、その楽譜自体が暗号――しかも多重暗号となっており、幾通りもの答えを有していた。鹿野はこの暗号にのめりこみ真の答えを捜し求めるのだった。
 本格ミステリ的要素がふんだんに盛り込まれている作品であるが、何度解読しても真相の見えてこない複雑な暗号が最大のウリで、それだけでお腹一杯になれる。例えばダイイング・メッセージのように作中に暗号を盛り込むミステリ作品は多いが、それが本書のようにメイン・ディッシュとして終始前面にクローズアップされている作品は珍しかろう。もちろん、暗号だけでなくメタ的趣向を用いたり、(読者に対して十分な説得力を有していないにせよ)「完全な密室」などというハッタリのきいたモチーフを持ってきたりと読みどころはたくさんある。横溝正史賞の選評では文章力を含めて小説としての構築が甘いということで、作品そのものの出来はさほど評価されていないようだが、読みどころさえ間違えなければかなり楽しめる作品でもある。