樋口有介『探偵は今夜も憂鬱』

探偵は今夜も憂鬱 (創元推理文庫)

探偵は今夜も憂鬱 (創元推理文庫)

 2006年11月購入。5ヶ月の放置。私立探偵の柚木草平を主人公にしたシリーズの第3弾。3つの短編を収録。このシリーズの主人公・柚木草平にはいくつかの顔がある。探偵として事件に向かい合う顔、女と接する際の男としての顔、その女でも愛人と会っているときの顔、別居中の妻と電話で話しているときの夫としての顔、そして娘と会っているときの父親としての顔。公私さまざまなケースで見せる彼の姿をきっちりと描き分けることによって、柚木は陰影の深い魅力的な人物像――一人の中年男性として読者の前に現れる。ところが本書では短編ということもあってか、別居中の彼の妻子は登場せず、その影は著しく薄い。代わりに事件に向き合う探偵としての姿のみがクローズアップされている。短編の各作品が「雨の憂鬱」「風の憂鬱」「光の憂鬱」と名づけられており、したがって本書のタイトルに共通に用いられた「憂鬱」がつくのは当然だが、主語が「探偵は」となっているのはこういった主人公の描写が意識されているのかもしれない。