太田忠司『レストア オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿』

レストア  オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿 (カッパ・ノベルス)

レストア オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿 (カッパ・ノベルス)

 2006年3月購入。丸1年の放置。主人公・雪永鋼はメンヘルで人ごみのなかに入っていくと吐き気を覚えてしまうほどだ。そのためか、彼の生業はなるべく人と接する事の少ないオルゴール修復師というもので、お得意様も有閑の婦人・遠江早苗ぐらいのものだ。その早苗の紹介で飯村睦月という女性と知り合い、探偵まがいの行為をしてから鋼の日常は大きく変わっていくのだが……

 作者太田忠司の代表作に「狩野俊介シリーズ」がある。探偵役の俊介少年が事件を通じて関わった大人の汚さに傷つきつつも成長していくというビルドゥングス・ロマンの魅力あふれる好シリーズだ。その「狩野俊介シリーズ」同様、本書の主人公も事件を通して人と関わることで成長していく。もっとも特徴的なのは主人公の雪永鋼が重度のメンヘラである点だ。そもそもミステリの探偵役というものは事件に関わる多くの人物に向き合い、時には心のうちに潜むさまざまな感情を暴くことによって事件を解決するものであり、人とのふれあいを過度に嫌う鋼と言う主人公はミステリの探偵役としてはもっともふさわしくない位置に立つ人物だ。だが、裏を返せばその人と関わることさえ克服すれば主人公は大きく成長するわけで、したがって読者は本書を読むことによってミステリとして通常得られる謎を解き明かし、事件を解決することで得られるすっきり感だけでなく、そういった行為によってもたらされる主人公の人間的成長、心の痛みを克服することから感じ取れる癒しの感情という二つのカタルシスを得ることができる。なかなかの良作といえよう。