乙一『銃とチョコレート』

銃とチョコレート (ミステリーランド)

銃とチョコレート (ミステリーランド)

 貴族や富豪から盗みを繰り返す怪盗ゴディバ。警察や名探偵ロイズはゴディバを捕まえんと奮闘するが、いまだにその望みはかなわない。移民の少年リンツはある日、亡父の形見の中に怪盗ゴディバ逮捕につながるヒントらしきものを発見する。リンツはこの発見をロイズに知らせるのだが……
 という幕開けを見せる乙一の新刊。一見怪盗VS名探偵という少年向けのテーマを、これまた少年の視点で描いたベタベタなジュブナイル作品なのだが、それは最初だけ。ここからの話の転がし方が巧みで巻を置く暇を与えない抜群のストーリーテリングを見せる。「かつて子どもだったあなたと少年少女のためのミステリーランド」というテーマの模範解答と断言してもいい出来だ。付言するならミステリーランドの裏テーマとも言うべき「子どもにトラウマを与える作品」という意味でも申し分ないさじ加減である。

 具体的に評価したい点は二つ。第一にリンツ少年が作中の出来事を通して成長する姿を書いていること。この成長とは勇気とか優しさとか、いわば人間にとってプラスの要素を手に入れることを意味する。もうひとつは健全な子どものみならず、大人のいやらしい部分も描ききったところだ。前者が道徳的な人間の理想像を提示したのに対し、こちらでは現実の汚らしさを見せつけているわけで、両者を作品内に同居させることで生み出される味わい――苦さあり、甘さあるいは心地よさありで、まさにチョコレートのごとし――こそが本書の最大の魅力ではないだろうか。