石持浅海『扉は閉ざされたまま』

扉は閉ざされたまま (ノン・ノベル)

扉は閉ざされたまま (ノン・ノベル)

 2005年5月購入。10ヶ月の放置。高級ペンションで催された大学サークルの同窓会。伏見亮輔は新山を殺害し、さらには現場を密室化する。密室の作成には殺人を事故と見せかけるのはもちろん、もう一つの目的があった。新山の安否を気遣いつつも、扉を破れずにいる面々。伏見の計画は成功しそうだった。しかしただ一人、碓氷優佳だけは閉ざされたままの扉の中に対して疑問を抱いていた……

 密室ものであるにもかかわらず、その密室の扉が開かれることがないまま物語が展開するという、一風変わった状況を扱った作品。作者はおそらくこの状況ありきで話を組み立てていったのだろう。本格ミステリにおいては通常探偵VS犯人という構図がとられるが両者の間には犯罪が介することとなる。事件が発覚して初めて探偵は犯人と対峙することとなる。しかし本作の場合は事件そのものが扉の向こう側に隠蔽されたままである。扉が開かれて初めて本来的な探偵VS犯人の図式が成立するわけで、本作の設定ではこの図式は成り立たない。通常の探偵側の視点ではそもそもの事件そのものをはっきりと認識できないあいまいな状態で物語が進めざるをえない。ここで作者が持ち出した手法が「倒叙」という形式だ。犯人側の視点を取ることによってあらかじめ読者に犯罪そのものを認識させる。探偵はあいまいなまま事件を追うこととなるが、読み手である我々は物語の肝である事件そのものがわかった状態で物語を読み進めることができるというわけだ。

 開かれない密室という状況のまま物語を進めることにこだわったがゆえ苦肉の策だ。そしてそれは最善の策だといえる。だが、さすがにすべてを巧くまとめるのは苦しかったのだろうか。肝心の動機――なぜ扉を開かせないのかという部分が苦しい。いかにも状況ありきでとってつけたような動機だ。状況が魅力的であるだけに非常に惜しい。

 しかし、それをもって本作を駄作あるいは失敗作だとするには忍びない。本格の世界においてはそれだけ魅力的な設定を作り上げているのだから。本作は密室ものの新たな地平を切り開いたとも言えるわけで、このような大いなる瑕疵もその上で生じたものなのだから。欠点をあげつらうよりも、それ以上に魅力的な長所を賛じたい作品だ。