石持浅海『アイルランドの薔薇』

 2002年4月購入。3年10ヶ月の放置でこれが初石持となる。アイルランド紛争に和平が訪れるか否か重要な分岐点に立ちつつある1997年、武装勢力NCFの副議長が殺害された。殺害されたダグラスは停戦反対派の筆頭で和平派にとっては煙たい存在だ。だが、和平目前の今殺されて反対派の英雄に祭り上げられることは好ましくない。したがって内部の犯行とは考えにくい。では宿に居合わせた者の中に何らかの動機を持つものが存在するのか? 殺害現場となった宿に居合わせたものはNCFによって拘束されることに。
 当地の状況を絡めたクローズドサークルや殺し屋の設定が一風変わっていて面白い。本格ミステリとしては十分に楽しめる。しかし、その上で妙な座り心地の悪さをも感じた。その理由を以下に述べてみる。
 本作は民族紛争真っ只中のアイルランドを舞台としているが、そこに登場する人物はアイルランド人のみならず日本人、アメリカ人、オーストラリア人と多岐にわたる。つまり人物配置のレベルにおいて舞台背景よりもさらに広い方向へと視界が広がっている。しかし、ミステリ部分においては結局NCFというアイルランド武装勢力組織内での出来事に収斂していく。いわばまったく異なる二つの指向が物語内部に存在しており、それが上手く噛み合っていない。探偵役のフジが外部の存在であるのはミステリとして当然のことだが、世界を広げるために用意した他民族のキャラクターたちも物語の終局まで外部にしか存在しえない。容疑者/犠牲者になりうる者がすべて外部の存在であり続けることでミステリとしての広がりを阻害し、またその外部=他民族→民族問題へと発展させる可能性もミステリ部分が閉ざしてしまった。二つの可能性を互いに束縛してしまったという意味で、座り心地の悪さを感じざるを得なかったのだ。それなりに上手くまとまっている作品だけに残念だ。