近藤史恵『賢者はベンチで思索する』

賢者はベンチで思索する

賢者はベンチで思索する

 2005年5月購入。3ヶ月の放置。久理子はファミリーレストランで働くフリーター。そこの常連客である国枝老人と公園で偶然顔を会わすのだが、その印象はファミレスでのそれとまったく異なるものだった。久理子と国枝、そして愛らしい犬たちの間で起きた3つ事件を収録。

 第1章「ファミレスの老人は公園で賢者になる」は久理子と国枝の出会いの話。犬に毒物を食わせる人物の存在を国枝が推理する。犯人の動機がひどく身勝手なもので、その根底にあるのが「自分は被害者になってしまう」という考え方だ。その思考を出発点として、だからこそ「被害者」にならないようにせねばならないと思い、結果として「加害者」になってしまう。自分を被害者の立場においてしまうとこういった暴走も起こりうるのか。

 第2章「ありがたくない神様」も第1章同様犯人は自分が被害者になることを恐れ結果として加害者になってしまう話。久理子の働くファミレスで発生した不可解なクレームの原因とは。

 第3章「その人の背負ったもの」は探偵役である国枝老人に関わる事件。ある日突然来店しなくなった国枝が、誘拐事件の犯人として警察に追われることとなった。事件の真相、そして国枝の正体とは。


 近藤史恵作品といえば男女間の恋愛を物語の主眼に据えることが多いが、この作品ではそれは控えめ。そのかわりに若い久理子と老人の交流が丁寧に描かれている。ミステリ的な部分では『天使はモップを持って』『モップの精は深夜に現れる』の「キリコ」シリーズに近いのだが、このシリーズは男女の恋愛が前面に押し出されているので、その点で大きく異なる。というか、」近藤作品として珍しいものであるといえる。また、ブログを読めばわかるとおり(http://fumie-k.txt-nifty.com/)作者は大の犬好きであり、そんな作者の犬に対する愛情が伝わってくる。