司馬遼太郎『酔って候』

新装版 酔って候 (文春文庫)

新装版 酔って候 (文春文庫)

 2003年10月購入の新装版。約2年の放置。司馬遼太郎の筆名が司馬遷に由来するのは有名な話である。司馬遷といえば『史記』、その『史記』の列伝体に倣った記述法が司馬作品に用いられている。いわば『史記』の日本史版である。特に充実しているのが幕末前後の時代で『竜馬が行く』は司馬遼太郎版『史記坂本竜馬伝であり、『燃えよ剣』は土方歳三伝、『坂の上の雲』は正岡子規伝および秋山好古・真之兄弟伝、『花神』は大村益次郎伝であり……本書『酔って候』は土佐藩山内容堂薩摩藩島津久光、伊予宇和島藩伊達宗城肥前藩鍋島閑叟の四者を扱った賢侯伝である。

 動乱の幕末期において藩主は主役ではなかった。彼らは家臣が独自に動くのをあるいは傍観し、あるいはそのことすら知りえずにいた。司馬はこの作品でそんな歴史の明るいところから一歩引いた位置にいた人物を鮮やかに描写して見せた。表舞台に立つ坂本竜馬や西郷・大久保、新撰組だけでなくこういった人物まで描ききってしまった以上、幕末を題材にした小説を他の作家が正攻法で構築するのはよほどの難事になることであろう。日本の歴史ものを読むのは久々のことだが、十分堪能させてもらった。