米澤穂信『クドリャフカの順番』

クドリャフカの順番―「十文字」事件

クドリャフカの順番―「十文字」事件

 今最も注目を浴びるミステリ作家米澤穂信の最新作は「古典部シリーズ」の第3弾。『氷菓』『愚者のエンドロール』でお馴染みの古典部のメンバーは文化祭へ向けて文集「氷菓」を作成するが、手違いで7倍近い冊数を刷ってしまう。彼らはこれをどうにかして売りさばこうと悪戦苦闘する。そんな中、文化祭では盗難事件が頻発する。アカペラ部、囲碁部、占い研……犯人は「十文字」と名乗っていた。「十文字」の次なるターゲットは? そして古典部は文集を完売させることが出来るのか?


 文化祭のにぎやかな雰囲気を描きつつ、青春のほろ苦さを感じさせる相変わらずの米澤テイスト。今作は完全な主人公視点で書かれたそれまでの2作品と違い、主人公以外の古典部メンバー3人を含めた多視点で展開する。これまでわからなかった他メンバーの内面が知れて面白い。だが、そういったキャラクター的な問題だけでなく、そもそもこういった構造をとらざるを得ないわけがある。今回、主人公の奉太郎は古典部のために表立っては動かずに、陰で暗躍する。したがって表で起きている事件は裏にいたままの彼には語ることが出来ない(これを語るとなると伝聞形式をとらねばならず、必然的に臨場感は失われ、事件自体の緊迫感が薄らいでしまうし、文化祭の楽しさも伝わらないことになる)。そこで主人公の代わりに表舞台での出来事を語る人物が必要となってくる。そこで、千反田や里志の視点を用い、そうすることによって今作での事件をうまく語ることに成功した。舞台上と舞台裏で語り手を使い分けたのだ。


 ところで、米澤穂信は1978年生まれと非常に若く、ファウスト系と重なる。この世代の描くミステリは奇妙なゆがみを見せていることが多い。しかし、米澤の端正さはどうであろう。オマージュとしてあげられる作品(『毒入りチョコレート事件』『ABC殺人事件』)、あるいは作中にでてくる作家(ホームズなど)から推察するに、彼の原点は英米黄金期本格にあるのだろう。ファウスト系がメフィスト初期作品の影響下に描かれているのとは違い、彼の手本とするところには古典がある。『クドリャフカの順番』を含む当シリーズが「古典部」シリーズと名づけられているのは、そのあたりを考えるとなにやら象徴的なものに思える。