樋口有介『枯葉色グッドバイ』

枯葉色グッドバイ (文春文庫)

枯葉色グッドバイ (文春文庫)

 2006年10月購入。1年9ヶ月の放置。樋口作品の主人公はモテる。とにかくモテる。代表的なシリーズである柚木草平はいうまでもなく、『ぼくと、ぼくらの夏』や『海泡』『風少女』『林檎の木の道』等に登場する若者たち。彼らは総じて歯の浮くような気障な台詞を違和感なく(!)口にし、女性はそれに対して反感めいた反応を示しつつも、彼らに惹かれざるを得ない。ハーレム系ギャルゲもかくやというほどのモテっぷりである。
 本書の主人公・椎葉明郎も例外ではない。作中での彼のポジションはホームレスであるにもかかわらず、女子高生と元後輩の女性刑事、二人の女性に行為をもたれる。およそモテとは程遠いような地位の男であっても、樋口作品ではモテる。そしてそれもむべなるかな、と思わせる人物描写がなされている。
 ところでこの椎葉という男が刑事を辞してホームレスに身をやつしたのには辛い理由が存在する。しかし作中でその理由となる過去の出来事は説明されど、深く掘り下げて語られることはない。かつ、主人公視点であっても主人公自身の内面を決して描写しないという、一般的にいわれているハードボイルド文体を用いており、辛い過去に対する彼自身の苦悩をはっきりと明示させていない。これによって作品そのものが陰鬱で重苦しい空気をまとってしまうことを回避している。にもかかわらず、主人公自身の悲哀はダイレクトでないにせよ程よく読者に伝わってくる。このバランス感覚に優れた筆致こそ、樋口作品最大の魅力であろう。似たような主人公、設定が多く同工異曲の謗りを受けかねない作風ではあるが、軽妙な語り口から生まれる人物描写や作品世界の雰囲気、これらの味わいは欠点を補ってなお余りあるものだ。