乾くるみ『クラリネット症候群』

クラリネット症候群 (徳間文庫)

クラリネット症候群 (徳間文庫)

 同時収録の「マリオネット症候群」は再読。気がつくと自分の体が他人の人格に奪われてしまった女子高生・御子柴里美。どうやらその人格とは里美が憧れていた森川先輩で、しかもその森川先輩は殺されてしまったらしい……
 森川先輩を殺した犯人探しというミステリの王道を歩むわけでもなく、その犯人はあっさり判明してしまう。代わりにこの憑依現象が巻き起こすドタバタ劇を(死人が多数出ているというのに)ユーモラスに描いているのが特徴。また、ミステリ的には犯人探しこそ作品の主題にはなっていないものの、意外な驚きはしっかりと用意されており単なるSF風シチュエーションコメディにはとどまっていないところはさすが。
 表題作は壊してしまったクラリネットの呪い(?)でドレミファソラシの音を認識できなくなってしまった少年の視点で語られる。歯抜けで聞こえる音のために会話の内容を勘違いしてしまうシーンなど、当作品もユーモア風味で構成されている。この主人公が失踪した男性を探し、救出するために暗号を解き明かす、というストーリーなのだが、この暗号が結構な出来栄えだ。
 2作を通じて見せる人を食ったような、あるいは投げやりともいえる男女関係の描き方には抵抗を示す読者はいるだろうが、言語を駆使した技巧や読者に対するサービス精神などを見ると、作品そのものはなかなかの佳品だといえる。寡作であることが実に惜しまれる作家だ。