伊坂幸太郎『グラスホッパー』

グラスホッパー

グラスホッパー

 裏社会に生きる殺し屋たちの世界を伊坂風の軽妙洒脱な文体で描いた物語。視点人物となるのは3人で、人を自殺させる鯨と呼ばれる男、一家惨殺といった派手な殺しを得意とする蝉、そして妻をひき殺した男に復讐するために業界に足を突っ込んでしまった鈴木だ。鈴木が「押し屋」と呼ばれる人を走っている電車や車の前に押すことによって人を殺す男の犯行現場を目撃したことによって物語りは動き出し、殺し屋業界内での争いが勃発する。視点人物たる3人は命の危険に晒されるのだが、大事な「過去」を背負っているかどうか、それによって生きることへの執着を抱いているかどうかが生死の明暗を分けている。殺伐とした世界を舞台としながらも陰惨さはなく、かといって命のやり取りを軽く扱うわけでもない。生きるということは過去のしがらみを背負った上で、それでも前向きに進むことだということを、物語の世界を優先し、その世界観を壊さぬよう控えめに主張している。控えめゆえに説教臭さはなく、そして聞きとりにくいが、重たいテーマを扱っていることは間違いない。爽やかな殺し屋小説だ。