田中芳樹『月蝕島の魔物』

月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)

月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)

 2007年7月購入。1ヶ月の放置。19世紀、ヴィクトリア朝イギリス。会員制貸本屋で働くニーダムと彼の姪メープルは社長から有名作家のディケンズアンデルセンの世話をするという特命を授かった。個性的な二人の作家の世話に追われる日々を過ごすなかで、奇妙な噂が流れる。スコットランドの近海に浮かぶ島・月蝕島で氷山に閉じ込められた帆船が発見、しかもその帆船はスペインの無敵艦隊の一隻だという。事件に興味を持ったディケンズに従ってニーダムたちは月蝕島に向かうのだが……
 同じようなコンセプトで書かれた『ラインの虜囚』同様、歴史、及び歴史的人物を絡めた少年少女向け冒険小説の佳品として仕上がっている。綿密な資料調べをした上でそこで得た知識をきっちりと作中に溶け込ませており、好印象。ことにディケンズアンデルセン、二大文豪のキャラクター付けが素晴らしい。怪奇冒険ものとしてはスリリング、サスペンスといった要素が不足している点が残念だが、この作者の作風である以上は仕方ないか。
 また、作風といえば本書の主人公とヒロインの関係が叔父―姪である点はいかにもこの作者らしいといえる。田中の書く主役級男女の組み合わせは『夏の魔術』のように男女の年齢が離れていたり、『創竜伝』のように近親関係にあることが多々あり、恋愛的展開に陥りにくい。安易な恋愛要素を物語から意図的に排除し、読者は作品に健全な印象を抱く一方で、王道的恋愛話が繰り広げられることもなく、色気に欠けることにもなっている。田中芳樹といえば現在のキャラクター小説ブームのさきがけといえる存在だが、その田中作品から男女のカップリングを楽しむ要素が欠けている点は実に興味深い。