コナン・ドイル『ナポレオンの影』

ナポレオンの影

ナポレオンの影

 1994年11月購入。12年7ヶ月の放置。買ってから干支が一周してしまった。19世紀初頭、ナポレオンのセント・ヘレナエルバ島脱出を機に再び騒々しさを増した時代、英国の田舎町を舞台にした歴史ロマン。ウェスト・インチ村に住む青年・ジャックと従妹であるエディ、そしてジャックの親友ジムの前に現れた謎の男がこの田舎町に不穏な空気を持ち込む。
 シャーロック・ホームズの生みの親として知られるドイルだが本当に書きたかったのは歴史ものであるというのは有名だが、作家としての資質や適正によって歴史小説家としての顔はほとんど知られていない。ひとえに名探偵ホームズの偉大さゆえであるのだが、同時に歴史ものの出来がホームズ譚と比べてはっきり見劣るという事実も否めない。本書も動乱の時代を背景に都鄙部による若者の言動の違いを描いているのだが、対比自体がさほど巧くなく、効果を挙げているとは思えない。あるいはワーテルロー*1の血沸き肉踊る戦闘に多く筆を割いたりしているのだが、局地戦という印象しか受けず、大会戦を舞台としながらもスペクタクルには欠ける。そもそもヒロインの扱いがぞんざいで、全体を通した印象が単なる都会の男性にあこがれる尻軽女にしか見えない。彼女の存在が主人公を動かす原動力となっているのだが、そこまでの魅力は感じないし、主人公の行動を騎士道精神の表現と捕らえたとしても、作品全体として見た場合ちぐはぐな印象をぬぐえない。とはいえ、ドイルという作家を理解する上で本書のような歴史ものは欠かせないわけで、単なるシャーロック・ホームズの生みの親としか認識していない読者にとっては別の側面を見せてくれる作品ではある。

*1:作中では「ウォータールー」と英語読み表記にしている