浅田次郎『五郎治殿御始末』

五郎治殿御始末 (中公文庫)

五郎治殿御始末 (中公文庫)

 2006年1月購入。1年4ヶ月の放置。明治維新直後、「侍」から「士族」へと変貌を遂げた者たちの生き様を描いた短編集。明治とは文明開化という言葉で象徴されるように、旧来の江戸時代の価値観とは異なる西洋文明によって近代的発展をとげる時代である。その根底にあるのは一口でいえば合理的思考である。武士道なるものは時代遅れの古い考え方であり、士族となった侍たちにとってかような魂を捨てずにこの新時代を生き抜くのには非常に厳しいものであった。だが一方でこの合理化という考え方は時に人間の情とは相容れぬものでもある。たとえ新時代であっても侍の潔い生き様を捨て去るわけにはいかない、譲れないものもだって存在する。そういった情に由来する事象を描いたのが本書である。この人情描写というのは作者お得意のフィールドであるので、どの作品も達者な筆運びでさすがにうまい。