竹本健治『ウロボロスの純正音律』

ウロボロスの純正音律

ウロボロスの純正音律

 ウロボロスシリーズ第3弾にして完結編。今作では漫画執筆の依頼を受けた竹本が仕事場たる「玲瓏館」で起きた作家殺人事件に巻き込まれる――という筋立てだ。登場人物はミステリ読者にとっておなじみの面々で、ある人は被害者にある人は探偵役になったりする。フィクションの世界に実在の人物を持ち込み虚構/非虚構の壁を取り払わんかとする試み――それはあたかも自らの尾を食らう蛇ウロボロスのごとく――に則って物語りは展開する。では、今作でウロボロスが飲み込もうとしている虚構とは具体的に何なのだろうか。

 以下ネタバレ
 真っ先に思い浮かぶのがモチーフとされている『黒死館殺人事件』の存在だろう。いわゆる四大奇書の一つで重厚な雰囲気を持ち、難解なペダントリーに彩られており、これらの要素を用いた作品と言う意味において、近年の本格ミステリに与えた影響は大きい。したがって『黒死館殺人事件』を飲み込んだ蛇たる本書は本格ミステリの中の重要な要素を食らい尽くした作品であるといえる。
 それだけではない。本書の結末に注目してみよう。メイントリック、そして意外な犯人……これらは京極夏彦姑獲鳥の夏』、そしてエドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人』が元ネタとなっている。前者は発表当時「ミステリ・ルネッサンス」などともてはやされた作品で今現在の本格ミステリの父とも言えるミステリ史の中では重要な作品だ。そして後者は言うまでもなく本格ミステリの始祖だ。
 現代本格ミステリの父、そしてそもそもの生みの親の作品――本書はこの両者を飲み込んだ作品、すなわち本格ミステリそのものを飲み込まんとするである。それがどれだけ成功したのか、という問題は措くとしても恐ろしいほどデカイ試みに挑んだこの作品、「ウロボロス」というシリーズ完結編に相応しい。