田中芳樹『霧の訪問者 薬師寺涼子の怪奇事件簿』

霧の訪問者 薬師寺涼子の怪奇事件簿 (講談社ノベルス)

霧の訪問者 薬師寺涼子の怪奇事件簿 (講談社ノベルス)

 薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズ最新刊。相変わらずお涼の傍若無人の毒舌や暴れっぷりは痛快だが、敵役の卑小ぶりもいつものごとし。
 このシリーズに限らず、田中芳樹という作家は魅力的な敵役を作り出すのが苦手なのだろう。『創竜伝』しかり、『ラインの虜囚』しかり。敵役というよりはライバル関係という意味において描かれた『銀河英雄伝説』は例外としても、『タイタニア』や『七都市物語』などの群雄たちを扱った作品、あるいは主人公側が戦力的に劣勢で相対的に敵が強大となっている『灼熱の竜騎兵』といった「架空歴史作品」がのきなみ刊行が滞っていることはこの作者の資質と無関係とは思われない。
 ここ最近シリーズの新作が出た『アルスラーン戦記』も、蛇王一味登場以前の比較的順調に刊行されていた頃はアルスラーン一派の強さのみが際立っており、敵側にはさほどの手ごたえは感じられなかった。そして蛇王復活の気配が漂い強力な敵が登場しつつある展開に至り、今に至るまで刊行は滞っていたのである。
 本書「薬師寺涼子〜」シリーズの痛快さも結構だが、強大で魅力的な敵役やライバルが登場するシリーズももっと書いてほしい。そして上記仮説を覆してもらいたい。