竹本健治『狂い咲く薔薇を君に 牧場智久の雑役』

 本書は牧場智久シリーズの新作だが、元来が漫画原作として考えられたという事情があってか従来の作品よりコミカルな雰囲気で描かれている。そしてそれは特に語り手の設定に顕著に現れている。もともと探偵役の牧場智久と助手役の武藤類子のコンビが事件を解決していくという構成をとっていたシリーズだったのが、本書では突如として津島海人という語り手が登場する。短編3作はすべてこの新キャラクターによって語られるのだが、彼の立場はシリーズのヒロインに一方的にあこがれる道化役に終始する。従来のシリーズの主役たる牧場智久の恋の(あるいは探偵の)ライバルになることはなく、事件に巻き込まれ、見当外れの推理を繰り返し、当然恋は報われない。一見学園ラブコメの体裁をとっているようだが、従来の智久―類子ラインが(シリーズものとして)強固であるためラブコメにすらならない。シリーズものを中途で視点を大きく変えたことによって生まれた効果(=コメディ風味)と不発に終わった点(=ラブコメとしての失敗)が顕著に現れた作品だ。ちなみに肝心のミステリ部分はまずまず。短編3作がそれぞれ密室もの、衆人環視での殺人、猟奇的な殺人方法の理由を探るホワイダニットと多彩な要素を扱っており、そしてそれぞれが手堅い出来となっている。軽妙な語り口と漫画風の味付けにとらわれがちだが、そういったミステリ部分も見逃してはいけない。ただし、竹本健治にしては異形さが足りない。足りなすぎる。