泡坂妻夫『写楽百面相』

写楽百面相 (文春文庫)

写楽百面相 (文春文庫)

 2005年12月購入。3ヶ月の放置。寛政の改革の時代を舞台にした歴史ミステリ。版元の若旦那二三(にさ)はお気に入りの芸者卯兵衛の部屋で謎の絵師・写楽の絵に魅入られることとなる。写楽の正体を探る二三だが、彼の前にさまざまな謎や事件が現れる。雪の神社で突如消え失せた足跡、禁裏の中を描いた書物、さらには卯兵殺害事件……
 登場人物に十返舎一九葛飾北斎蔦屋重三郎ら当時の文化人が続々登場する。これだけで期待大なのだが、筆を執るのが泡坂だ。この雰囲気は他の作家には決して作れないものであろう。情緒たっぷりの筆致は神田に生まれ、紋章上絵師を生業とした、いわば江戸情緒が作者自身に染み付いているからこそ出せるものだ。
 作者の傑作ミステリ作品特有のトリッキーさはここでは見られないが、写楽という謎の人物を軸に据えた物語運びと背景となっている江戸の雰囲気、手品等の道具立ては抜群。雪密室のトリックのバカミスっぷりや最後の年表のオチなど稚気もたっぷり。
 ミステリとしては弱いけど、これぞ泡坂という作品。いいなあ、こういうの。