石田衣良『波のうえの魔術師』

波のうえの魔術師 (文春文庫)

波のうえの魔術師 (文春文庫)

 2003年9月購入。2年半の放置。大学を卒業したものの就職をせずにパチプロとしての生活を送っている<おれ>の前に現れた一人の老人。その老人の導きによって彼は株式ディーラーの世界に身を投じることとなる。ターゲットは大手都市銀の「まつば銀行」。小塚老人と白戸則道(「道」に「則」るという名前!)青年の違法を辞さない戦略によってもたらされた「秋のディール」と結末は……
 ライブドア関連で今いろいろと話題になっている株取引の世界を舞台にした作品。株取引を扱っている以上株による金儲けという汚い部分も描かれるわけで、例えば主人公側の主要人物として右翼組織が登場したり、主人公の青年がインサイダー情報を得るためにターゲットの銀行の女性に言い寄ったりする。しかし、そういった部分はあっさりと書かれている。また、老人が「まつば銀行」をターゲットに選んだ理由も何の演出もなくさらっと流されている。いずれもねちっこく書けばそれなりのテーマに沿った重さを持ちえたモチーフだが、作者の筆致はそのあたりに費やされる事はない。したがって本書の舞台にふさわしい重苦しさはまったく感じられない、という印象を受ける。
 ただし、このあっさり感こそ石田の持ち味でもあるわけで、それがハマれば『IWGP』シリーズのような「青春のみずみずしさを描いた」作品が出来上がる。本書は残念ながらその石田の持ち味とテーマの間に齟齬がでてしまった。