満坂太郎『海賊丸漂着異聞』

 2005年3月購入。丸1年の放置。時は幕末。攘夷か開国か国中ががゆれる時節に、御蔵島アメリカの商船海賊丸が漂着する。島人は異人の扱いに戸惑う中で罪人の失踪騒動が起きる。さらには海賊丸船内での密室殺人や使用人の中国人が失踪したりと事件が相次ぐ。島の指導者市佐衛門は江戸から派遣されてきたジョン・万次郎の力を借りて事態の収拾に乗り出す……

 本格ミステリというジャンルは厳格なまでのフェアプレイが求められるゆえ、制約の多いジャンルである。そして歴史(時代)小説には史実に忠実であるべしという縛りがある。例えば本書においては海賊丸の漂着は史実で、その漂着の際に島民との間に大きなトラブルは持ち上がっていない。したがって本書で起きたような殺人事件や失踪事件を絡めて島民と異人の対立を描くなどということは出来ない。史実を無視し、事件後に何らかのサスペンスを用意して盛り上げる事は出来ないのだ。小説内部の物語性を考えた場合、この幕末という時代の異人と島民の対立(暴力的なものに限らず思想的なものも含む)、そして攘夷と開国の対立などといった視点を持ち出したほうが盛り上がる事は自明のことだし、ミステリ的な部分に絡ませることによってより魅力も増すはずだ。
 だが、そうする事は出来ない。史実は覆せないのだ。島民の間の罪人失踪事件と漂着した異人の船で起きた殺人事件は平行して語られるのだが、その結びつきはそれほど強いものではない。ここに本格歴史ミステリの限界を感じざるを得ない。
 とはいえ、この強力な二つの縛りの中で展開する物語はまずまず魅力的でミステリ部分も派手さはないが堅実だ。なによりも幕末の動乱期における地方の島国で起きた異人との遭遇事件を雰囲気たっぷりに描き出す著者の筆力がすばらしい。それこそが本書の最大の魅力だ。