ダニエル・キイス『タッチ』

タッチ

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 2005年12月購入。1ヶ月の放置。バーニーとカレンの夫婦は結婚4年目でいまだに子宝に恵まれていない。カウンセリングを受けるも成果の出ないことで二人の間には次第に溝が出来つつある。そんな時、バーニーの会社で放射能事故が発生、二人は被爆してしまう。二人を襲う吐き気や眩暈といった症状、さらには周囲に放射能を広げたということで世間は二人を被害者でなく加害者として扱う。そんなつらい状況で発覚したカレンの妊娠。はたしてこの子供に放射能の影響はあるのだろうか?
 裏表紙のあらすじには「突然の災厄に翻弄される夫婦が経験する、愛の崩壊と再生の軌跡を描きあげた衝撃作」とあるが、本作品の肝はそこにはない。したがってその手の感動系の物語、しかも作者は『アルジャーノンに花束を』のダニエル・キイスだと期待して読むとその期待は大きく裏切られることとなる。
 本書で重要なのは本来「被害者」であるはずの夫婦が「加害者」という立場におかれ、つらい仕打ちを受けるという不条理さとそのことによって変容していく二人の心の軌跡である。
 例えば、当初は子作りに対してもカウンセリングに従う「現実家」の夫とあくまでも子供は愛の営みによる授かりものだと考える「夢想家」の妻という構図が、事件とその後の妊娠を経て、現実から逃げて彫刻をつくり、世間をひたすら憎む夫とつらい現実を受け止めあくまで子供を生み育てようとする妻というものに変容する。*1
 さらに合成ゴムというアイテムが登場する。夫はゴムで作られた彫像の冷たい感触に対して死体を連想する。しかし妻はゴム人形を赤ちゃんに見立てて入浴の練習をする。同じ素材から感じ取るものが夫婦の間では生と死というまったく正反対である。
 このように決して感動系の作品ではないのだが、重いテーマを重く扱っているため非常に身につまされる作品であるのは間違いない。

*1:妊娠という形で生まれてくる子供の存在を実感できるか否かという視点で読み解くことも可能かもしれない。