酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』

泣き虫弱虫諸葛孔明

泣き虫弱虫諸葛孔明

 2004年11月購入。1年の放置。帯に作者の言葉としてこうある。「本当の孔明は、こんな人じゃなかったと思う」。そしてその言葉通り、一風変わった孔明像――ひいては『三国志』像が描かれている。そしてその変わった人物に対して作者自身がツッコミを入れるという人を食ったような文章。にもかかわらず軽佻浮薄に陥ることのない文体。歴史小説とはかくあるべしというひとつの形を作り上げた作品だ。

 上で書いたように、この『三国志』そして孔明はどう読んでも史実(として各自が思い描くもの)とは思えない。しかしここで描かれる孔明劉備関羽張飛らおなじみのキャラクターたちの、なんと魅力的なことか。歴史小説の魅力とは史実に忠実であることにはなく、魅力的な人物を書くことにこそあるのだと思う。むろん、あまりにも史実とかけ離れたことを書かれると興ざめすることもあるが、それでも物語のダイナミズムを生み出すために登場人物を活写することのほうがはるかに重要だ。

 これはマニアであるか否かの違いにつながる。前者のような細部にこだわって読書を進めるのがマニアであるといえ、そうでない人間は当然マニアではない。というわけで私は歴史小説マニアではありません。

 同様にミステリ読みとしても論理展開の細かな検討なぞまったくしないし、「この論理には欠点がある」というような意見に対しても、「いや、でもその論理展開の仕方が面白いし、そこに物語のキモがあるじゃん」とか思ってしまう私は決してミステリオタではありません。SFでも科学技術がどうこうよりも物語が面白きゃいいんだよ!(誇張)と思ってしまうあたりSFマニアでもありません。何のこだわりもないただの本読みです。