伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

 2003年12月購入。およそ2年の放置。今更ながら伊坂幸太郎初読み。仕事を辞め、コンビニ強盗を企てるが失敗した伊藤は気づくと意味知らぬ島にいた。その島は外界から遮断されいて、奇妙な人間が住んでおり、そして未来を予知するしゃべるカカシがいた。その未来が見えるカカシが伊藤が島を訪れた翌日に殺される。カカシは自分の死という未来を予知し、そして阻止することはできなかったのか?

 この作品はいわゆる常識や我々が普通に思い描くことと逆のもので満ちている。伊藤が訪れる島は鎖国を終え、開国した日本とは「逆に」島を外部から閉ざしており、本来は許されないはずの殺人「逆に」を許されている男がいて、未来が見えるのから自身の死も見え、ゆえに阻止することもできるはずのカカシが「逆に」阻止せず死を受け入れてしまう。外の世界には本来市民の見方であるはずの警察が「逆に」市民の敵の悪徳警官として存在する。極めつけは真実とは「逆に」嘘しか言わない男……

 以下ネタバレ
 かように逆説に満ちた世界で起きたカカシ殺人(?)事件の真相は、嘘しか言わない男が真実を口にしていたという逆説が崩れることによって明らかになる。そしてそのことによって人間の味方に思えたカカシが実はそうではなかったという事実が現れる。リョコウバトを虐殺した人間自身存在に対する後ろ暗さ、そしてカカシが心に抱いていたそんな人間に対する愛情とは程遠い感情――ここで牧歌的な世界で繰り広げられてきた物語に暗さが宿る。

 しかし伊坂は暗澹たる思いを読者には押し付けない。作者は島特有の理論でもって暗く沈んでしまった物語をさらにひっくり返すのだ。主人公の敵にして悪徳警官たる城山は自分が警官であるがゆえに一般人にそむかれることはないと確信していた。しかし、それはこの島では「理由になっていない」。あくまで島のルールにのっとって物語から退場する。脅威から解消された主人公、そしてその主人公がついにたどり着く、「この島に欠けているもの」の正体……うん、この読後感は悪くない。