田中芳樹『アルスラーン戦記11 魔軍襲来』

魔軍襲来 ―アルスラーン戦記(11) (カッパ・ノベルス)

魔軍襲来 ―アルスラーン戦記(11) (カッパ・ノベルス)

 待つこと長し、読むこと短し――というわけで本当に本当に出た『アルスラーン戦記』の新刊。久しぶりにその世界に浸らせてもらった。
 今回の『魔軍襲来』では各地でさまざまな出来事が発生するのだが、それを書き分ける田中芳樹の手腕はさすがだ。キャラクターがきっちりと確立しているからだろう、場面が様々移り変わろうと混乱がまったくない。また、田中作品にしては死亡者数が極端に少ないが、それがいかにも嵐の前の静けさといった趣で次巻へ向けて逆に不気味でもある。

 ところで、以前に英雄物語を分類するにあたって西洋型と東洋型という二つの型を提示した。簡単に言うと西洋型は王=英雄なので戦闘において自ら強敵を退けるというもので、東洋型は王=君主で自身が血なまぐさい戦場に身を置くことはあるが、もっぱらそこでの主役を部下に与えてしまうといったタイプだ。
 中国ものも手がけ、またそういったものを好む田中芳樹アルスラーンを後者に設定した。戦場での英雄はダリューン、あるいは軍師ナルサスたちであってアルスラーン自身、それなりに強いのだがあくまでダリューンら英雄たちを率いるよき君主という姿こそが彼の物語におけるポジションである。そしてそのポジションとは『水滸伝』の宋江や『三国志』の劉備と同じでもある。
 ――と、ここで終わりなら話は簡単なのだが、『アルスラーン戦記』におけるラスボスともいえる蛇王ザッハークを倒すのは宝剣ルクナバートの使い手でなければならないらしい。そしてその使い手こそアルスラーンであり、ということは戦場での英雄=西洋型の王を演じる必要がある。
 つまり、『アルスラーン戦記』とは東西両方の英雄像をあわせもった主人公の活躍する物語として設定されているのだ。これを舞台となっているパルスのモデルが中東にあるから――というところに答えを求めるのは安直か。