山田風太郎『奇想小説集』

奇想小説集 (講談社文庫)

奇想小説集 (講談社文庫)

 「奇想」と銘打ってあるがその奇想の中でもエロ方面に言及した小説を特に集めている。「陰茎人」は鼻がチンコの形をした男の話だし、「自動射精機」究極ともいえるオナホが社会に与える影響を描いた物語だ。女性の性経験人数がわかるようになる薬の登場する「ハカリン」などは、処女厨のバイブルとして祭り上げられてもおかしくない一品だ。

戸松淳矩『剣と薔薇の夏』

剣と薔薇の夏 (創元クライム・クラブ)

剣と薔薇の夏 (創元クライム・クラブ)

 2004年5月購入。6年半の放置。19世紀半ば、日本からの使節団を迎えたアメリカのニューヨーク。新聞記者のウィリアム・ダロウは元漂流民の日本人ジューゾ・ハザームの協力を得てサムライ使節団の取材を始める。それと時を同じくしてニューヨークでは不可思議な殺人事件や失踪事件が相次いでいた。ダロウはこの事件の謎も追い始めるのだが……
 事件の<謎>それ自体よりも当時のニューヨークという街の描写やサムライ使節団の様子が読み応えがあり、歴史小説の一種として非常に楽しめる一冊だ。ミステリレベルでも日本人とアメリカ人という人種の違いが一つのポイントとなっているが、同時にアメリカ内部の人種の違い、すなわち黒人・白人の対立も絡んできており、当時の背景を上手くミステリとして活かしているといえる。

蒼井上鷹『ホームズのいない町 13のまだらな推理』

ホームズのいない町―13のまだらな推理 (FUTABA NOVELS)

ホームズのいない町―13のまだらな推理 (FUTABA NOVELS)

 2008年3月購入。2年8ヶ月の放置。タイトル及び各短編の小題(「六枚のナポレオン?」「四つのサイン入り本」「まだらのひもで3?」等)は、ドイルのホームズ譚を意識したものとなっている。しかし、内容にまではこだわりはみられない。一応、作中の舞台は同一で、共通する登場人物も多い。最後には連作短編を一本にまとめるような趣向も見られるが、各短編の結びつきはさほど濃密ではない。

野村美月『”文学少女”と神に臨む作家』上下

 「”文学少女”」の完結篇。本書以前は一貫して井上心葉の心の傷や彼が遭遇した事件を天野遠子が解決していく、というスタイルだったのに対し、この完結篇では遠子抱えた問題を心葉が解決するというストーリー展開になっており、二人の立場は逆転している。シリーズ中、終始守られる立場であった心葉は本書においてついに守る側に回ることになり、彼の成長の軌跡を見守る物語としては妥当な着地点にたどり着いたといえる。無論その過程においては色々と問題点もあるし、ご都合主義的な展開も多々見られる。とはいえ”文学少女”の物語としては結構な大団円である。でもななせちゃんはかませすぎでかわいそうです><

古処誠二『メフェナーボウンのつどう道』

メフェナーボウンのつどう道

メフェナーボウンのつどう道

 2008年1月購入。2年9ヶ月の放置。大戦末期、敗色濃厚となったビルマでの撤退行を描いた作品。焦点を兵士に絞るのではなく、従軍する看護婦にしているのが特徴。その行軍の際に出会う負傷兵・在留邦人・慰安婦・インド兵・現地人といった立場の異なる様々な人々の姿が、看護兵・静子の視点で語られ、そしてそのことにより、語り手自身あるいは語り手と同じ従軍看護婦の立場というものが浮かび上がってきている。良作であるといえるが、古処誠二の一連の戦争ものの中では地味な部類にある。

海堂尊『螺鈿迷宮』

螺鈿迷宮

螺鈿迷宮

 東城大学の落ちこぼれ医学生・天馬大吉は幼なじみ記者・別宮葉子に桜宮病院への潜入調査を頼まれる。葉子の話によると、桜宮病院を調査していた男が院長とアポが取れたという連絡を最後に行方不明になったというのだ。よんどころない事情で依頼を断れない天馬はこれを承諾し、介護ボランティアとして桜宮病院に通うことに。そこで待ち受けていたのは院内の黒い噂、そしてドジな看護婦に胡散臭い医者であった。
 テーマとなっているのは終末医療に関わる問題で、医者でもある作者の示すその具体性にはリアリティが感じられる。門外漢の読者に対しては語り手のに落ちこぼれの医学生というキャラを設定することによって問題点をよりわかりやすくしようとしている。それのみならず、語り手の落ちこぼれ学生であるがゆえの甘さと現実の終末医療に従事する者たちの重い現実に対する受け止め方という対比が、問題の重大さ・深刻さを明確に浮かび上がらせている。これは視点設定の勝利といえよう。
 キャラクターに関しては、「チーム・バチスタ」シリーズでおなじみの白鳥と姫宮が登場しておるがゆえにシリーズ読者はそれだけで楽しめるし、そうでない読者にとっても個性の強い人物が物語を牽引しているので作品世界にグイグイと引き込まれいくことになるであろう。特に姫宮はドジっ子看護婦というキャラで読者の目を引くが、終盤そのドジ自体が作品に欠かせない意味を持ち合わせてこととなっている。単に奇を衒ったキャラ設定で終わっていないのである。

アルフレッド・ベスター『分解された男』

分解された男 (創元SF文庫)

分解された男 (創元SF文庫)

 大企業王国(モナーク)物産の社長ベン・ライクは、ライバルであるド・コートニー・カルテルの社長を殺害することを決意した。しかし人の心を透視することのできる超感覚者の出現によって、犯罪の計画すら不可能とされた時代のことである。当然、実行には困難が伴うのだが、ライクはどうにか犯行に成功した。完全犯罪と思われた一連の犯行であったが、刑事部長のパウエルはライクの仕業であることを見抜き、どうにかして彼を逮捕せんと付け狙うのだった。
 作者がミステリ者であったのならば、ライクの犯行計画に力を入れたハウダニットとして作品を手がけていたかもしれない。しかしSF畑のベスターはその部分をあっさりと流し、以降のライクVSパウエルの駆け引きに筆を多く費やしている。その駆け引きも心理戦というには荒っぽい展開であり、繊細な展開を望む読み手にとっては辛い作品であるかもしれない。実際のところ読みどころとなっているのは追うパウエルの執念や追われるライクの焦燥、そして徐々に追い詰められていくライクの精神の行く末といった部分である。もちろん彼らの心情のあり方の根底にあるのはESPの持ち主が存在する世界という設定部分で、これを踏まえた上で繰り広げられる二人の物語を素直に楽しみたい。